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旅人の病記

自分に負けないように。

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あーそーぼ

金曜日の20時頃に親友の無害さんに「あーそーぼ」とメールしました。

土曜の午前6時頃に「今は会社だが、今日遊びに行くよ」と

メールが返ってきました。

そして、土曜日の21時頃、無害さんはやってきました。

きっと、無理をしていたに違いありません、疲れているに決まっているのに。

今、ぼくは、嬉しいと思うと同時に、友を思う心の欠けた人間なのではないかと、

自責の念に苦しんでいます。



超多忙な無害さんは、『勇気を分け与える賢者』です。

己を考え、己を知り、

よく見聞きし、よく考える恐ろしい能力を内に宿し、

他人に影響を与える思想を持ち、

勇気と、変化への挑戦的な姿勢を備えた人です。



無害さんは、難しい哲学書や、思想書、ビジネス書に書かれているようなことを、

ぼくにもわかりやすい言葉で伝え、諭してくれます。

無害さん自身は、実は読書はしない人なんです。

読書をしない人なのではなく、読書をする必要のない人なのです。

だから、ぼくは無害さんのことを『勇気の賢者』と思っているんです。

あるいは、ぼくに勇気を分け与えてくれることから、

『勇気を分け与える賢者』と思っています。



ぼくは、今日、勇気を分けてもらいました。

自分の力を惜しまずに、ぼくに教えてくれたこと、忘れません。

今日を生きるぼくは、後ろ向きでしたが、

明日を生きるぼくは、前向きかもしれません。

そんなこと、今日を生きる旅人が認識できるはずがありません。

今日を生きる旅人は、12時頃には死んでいるのですから。



とりあえず、旅人後ろ向きリストを作成したところによると、

リストに載るはずのものが多すぎて、断念しました。

でも、何か一つでも急に前向きになれることがある、と賢者は言いました。

ぼくもそう思います。

変化はあります。

それも急な変化が訪れることも。

スティーヴン・キングのダークタワー風に言うと「世界は変転している」ですな。

世界が変転しているのなら、ぼく旅人も変化するはずなのです。

そして、賢者も変化していますし、変化に挑戦的な姿勢を崩そうとしません。

勇気があるからです。

だから、ぼくは『勇気の賢者』を尊敬しているんです。



明日の旅人が穏やかでありますように。

そして、神様、『勇気の賢者』に安らぎを与えてください。

ブレイクの詩にあるように

『勇気の賢者』の頭上に安らかなる眠りをください。

そして、天使が一緒に坐ってくれますように。

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頭痛

トルストイの『戦争と平和』の2巻をやっと読み終えました。

この一冊を読み終えるのに、一月半も懸かりました。

これで3巻目に突入です。

この調子だと今年中に読めるかどうか……



同じくトルストイの『人生論』を筋トレの合間に読んでいたら、

頭痛がしだしたので、筋トレは辞めました。

また、寝たきりになります。

最近、調子悪いなあ

読書すると頭痛がする……

というより、哲学が頭痛の種なのだろうか。



ぼくは、肉体的苦痛ならいくらでも耐えられるでしょうが、

幾多の苦痛の中でも、もっとも嫌いなのが、

頭痛とうつ状態と過呼吸と人ごみです。

もはや、人ごみなんて苦痛と言えるものではないかもしれませんが、

人ごみ自体が苦痛なのです。

そして、自分が人であるそれ自体も苦痛なのであります。

死にたい。

そう思ってしまうのです。



でも、ぼくは今日を生きる、だから、死なない。

そしてぼくに死はありえない。

自分の死など認識できないのだから。

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信義について

ぼくの愛読書に三島由紀夫の『若きサムライのために』という本があります。

その本に容赦なくサイドラインを引くのが、この世の唯一の趣味です。

三島由紀夫さんが生きていたら、喜んでくれるかなあ。

三島本人もある作品のこんな重要なところにサイドラインを引き忘れていた、

みたいなことを言っているから、同じようにサイドラインを引いていたのだと思います。

そんな三島由紀夫氏の小説は、一度も読んだことがありません。

古本の『金閣寺』が書棚に眠っているだけで、いつまでも眠っています。

三島氏が永眠したように、あの『金閣寺』はその存在感を残したまま永眠する可能性もあります。



ここからは、三島由紀夫がその著書「若きサムライのために」に書いた

『信義について』という評論というかエッセイのようなものについて書きます。

「最近は、若者は時間や約束なんかを守りませんな」と三島は言います。

確かに約束や時間は、軽んじられることが多いと思います。



ぼくの友人Kは、時間にルーズで中学生の頃、部活にいつも遅刻してきた。

そこで、ぼくと一触即発の場面になったこともありました。

む、時間なんてものは、まったく無意味だな。



ぼくの友人のYムネは、少し嘘をつくので、約束がダメになったことがありました。

約束なんてものは、大したものじゃないな。

そんなことを、子どもながらに、いや、大人となった今、

後付して子どものぼくの思考に乗せて見るのです。



そんな時間と約束について三島は言います。

「本来時間それ自体無意味なものであり、約束もそれ自体はかないものであればこそ、そこに人間の信義がかけられるのである。」

約束や時間は無意味だけれど、

それを軽んじず、本来それを守ることを義務とするのが、

人間のあり方なのではないか、と言っているのです(ほとんどそのままですが)。



ただ、ぼくは時間や約束は守る方だと思っていましたが、

この「信義について」を読んで、意識的に、

この問題には信義がかけられるな、と思うようになったのです。



そして、最近、ぼくは人を褒めました。

偉そうにではなく、尊敬を込めて褒めたのです。

それはあの時間にルーズな友人Kをです。

彼は以前逢ったときに

『俺、これからはもう「死ねよ」とか「死ねばいいのに」とか「世界よ滅びよ!」なんて言わないようにするよ』

とぼくと、それからK自身にも約束したのでした。

ぼくとの約束であり、自分自身との約束です。



そして、昨日、彼、Kと電話で話した時に、俺まだあの約束守ってるぜ、と言ったのです。

口癖のように言っていた言葉を封印して、前向きになるということのこの素晴らしさ、

誰が賞賛せずにいられようか!

Kは最大の敵である己に打ち克ったのです。というか、まだ戦闘中ですが……

友人Kは、ぼくの中で『時間にルーズな男』から『ちょっとテキトウだが、信義に篤い男』となったのです。



すごいと思います。

死ねよ、死ねよ、と口癖にしていた人間が、

それをある瞬間からピタッと辞めて、

「わたしは正義のために生きるんだ(と言っているかどうかはわかりませんが)」、

と胸を張って生きている。

すごいことなんです。



ぼくは涙が出ます。

やると言ったことを意識せずとも、信義をかけて守っている姿に。

ぼくの友人にはそんなすごい友人がいるんですよ!

ちょっとテキトーだけど、信義に篤い男が!



ぼくも何か成さなければと思い、

先日連続であったバイトで頑張ろうとしたのですが、

焦ってしまったのでダメでした。

それが自分で思っていた以上に悔しくて、悲しくて、

しかも就活でのうまくいかない悔しさも重なり、

母と電話で話しているうちに泣いてしまったのです。

涙と鼻水でじゅうたんがカピカピになってしまいました。



普段、病気で寝てばかりの人間が急に

踏ん張って働くぞ、と言って、勇ましく立ち上がり、

戦いの扉を開いても、

うまくいかないものでした。

ガード不能なところから、攻撃された感覚でした。

力が入らないんです。

社会不安障害という病のために、声が出ないんです!

赤面するし、過呼吸になるんです!

それすべてが悔しかった!



落ち着こう



ぼくは今のところ自分に決めたことはありませんが、

前向きになろうとしています。

毎日がそうではありませんが、

今日一日はこう過ごす、と今日だけを生きています。

今日だけは生きると思って、先は見ません。

そうすると、気持ちも楽になって、こうしてブログも更新できる訳です。



それから、死にたい、とこれからも言うと思いますけど、

それは気を休める言葉で、ぼくにとっては重要な言葉なのでまだ辞めません。



死にたい、ただ今日だけは生きます。

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水溜まり

実家に電話をしました。

実家には、定期的(週一)に電話をする決まりになりました。

というのも、ぼくの体調不良が原因です。



今日、起きた瞬間に半狂乱になって、自傷行為をしたことを母に告げました。

その他、アルバイトや昔の転職活動の悔しかったことなど色々な思いで、涙があふれ出てきました。

一時間半ほど母と泣きながら母と話しました。

最後に「ありがとう」と言って、電話を切り、大泣きしました。



それから下を見ると、白い絨毯の上に水溜りが出来ていました。

涙ではなく、鼻水です。

いや、透明なスライムです。

ぼくの攻撃(ターン)、ティッシュふき取り……

ふき取るのに苦労しました。



最近、話していて流れで泣くこともあるんですが、

急に泣くことも多くなってきました。



友人Kも同じく、泣くことが多くなったと言っていました。

なんでも、テレビでシンクロを見ていて、

まだメダルも順位も決まっていないのに、急に泣き出して、

親に「何泣いてるの、あんた」と言われたそうです。

そんなKを想像すると、おもしろいですが、

その状況を見たら、ぼくだって泣いているかもしれません。

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丸子橋の天使

アルバイト帰りにまた歩きました。

これからずっとそうするつもりでいます。

電車に乗るのはやっぱりまだ抵抗があるし、

それに交通費がちょっとのものですが、儲かります。



帰り道、丸子橋を通っていました。

多摩川は暗く、光で照ってはいましたが、よく見えません。

それより、小杉あたりに立っているマンション群や、高いビル群が光を放ち、

ああ、ここは都会なんだな、自分は都会に住んでいるんだな、と思いながら歩きました。



丸子橋に差し掛かった時です。

パチパチという音が聞こえました。

パチパチかビシビシか表現のしようがありませんが、

ぼくはパチパチということにします。

そんな音が橋を渡っている間中響いてきました。



向かいから一人の人間が歩いてきました。

その人とすれ違ってから、そのパチパチという音が消えました。

耳を澄ましても聞こえません。

それよりは、橋を通る車の音だったり、ジョギングをする青年の息遣いだったりが

気になって、もうあのパチパチという不思議な音は聞こえなくなりました。



もしかしたら、昨日の続きではないですが、

ブレイクの詩にある天使が、

眼に見えないところで祝福を注いでいたのかもしれませんね。



これから、アルバイトです。

やっぱりとても怖いのですが、一生懸命やろうと思います。

今日はもう何日経っただろう。

8日目くらいなのですが、まだうまくできません。

怒られるかもしれません。

泣いてしまうかもしれません。

でも、一生懸命ならいいと思うのです。



そんな時、眼に見えず、祝福をいただけたらうれしいな、なんて思います。

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プロフィール

HN:
たびびと
性別:
男性
職業:
病気
趣味:
読書
自己紹介:
"たびびと"です。
病気なんです。
疲れたシャボン玉なんです。
決して壊れる事がないのです。

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